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内包作者(暗黙の作者)

Handy編集部公開

内包作者(暗黙の作者)

内包作者とは、作品の文体構成、情報の選び方、人物への距離、結末などから読者が推測する「この作品を組み立てた作者像」です。「暗黙の作者」「含意された作者」とも呼ばれ、英語では implied author と表記されます。

重要なのは、内包作者が現実に執筆した実作者その人でも、作中で言葉を発する語り手でもないことです。作品全体がどの価値を支持し、どの判断を相対化しているように見えるかを考えるための概念であり、作者の本心を言い当てる道具ではありません。

ブースの小説論における意味

文学研究者ウェイン・C・ブースは『The Rhetoric of Fiction』で、implied author や unreliable narrator などの概念を小説の修辞を考える語彙として提示しました。ブースの議論では、作者が姿を隠したように見える作品にも、何を選び、どこへ重点を置き、読者へ何を期待するかという選択が残ります。

内包作者は、その選択の総体から浮かぶ作品ごとの作者像です。同じ実作者が二つの作品を書いても、片方が冷静な風刺を組み立て、もう片方が素朴な冒険を肯定するなら、読者が受け取る内包作者像は同一とは限りません。作品の外にいる人物の経歴より、作品内で確認できる文体、調子、技法、構成上の判断を手がかりにします。

ただし、内包作者を頭の中に住む第二の人間として扱う必要はありません。『the living handbook of narratology』では、作品が喚起する作者像にはテキスト上の手がかりがある一方、それをどう知覚し評価するかは読者によって異なると整理されています。実作では「作品全体から推測される価値判断の基準」と考えると扱いやすくなります。

実作者・語り手・登場人物・読者との違い

内包作者を読むには、作品を取り巻く立場を分けます。とくに「作者がこう言っている」と「語り手がこう言っている」を同じにしないことが重要です。

立場何を指すか確認する手がかり
実作者現実に作品を書いた人物発言、書簡、制作記録、経歴など作品外の資料
内包作者作品全体から読者が推測する作者像文体、構成、反復、情報配置、行為の帰結
語り手作中で物語を語る位置や存在一人称、語り口、知識の範囲、視点、判断や呼びかけ
登場人物物語世界で行動する存在台詞、選択、関係、出来事への反応
実際の読者現実に作品を読む一人ひとり経験、知識、価値観によって解釈が変わる
内包読者作品が理解を期待している読者像説明の省略、前提知識、皮肉や伏線の手がかり

たとえば、一人称の語り手が「規則を破る者は全員身勝手だ」と断定しても、助けられた人々の姿や語り手自身の矛盾が繰り返し描かれれば、作品全体までその断定を支持しているとは限りません。語り手の声は文章として聞こえますが、内包作者は特定の台詞を持たず、語り手を含む作品全体の設計から推測されます。

内包読者も、実際の読者そのものではありません。作品が皮肉を見抜き、前の場面を覚え、ある価値の衝突を検討するよう求めているとき、その読みの役割が作品内に用意されています。実際の読者はその役割へ全面的に同意することも、距離を置くこともできます。

信頼できない語り手との関係

信頼できない語り手を分析するとき、内包作者は語り手の判断を測る基準を考える助けになります。語り手の言葉と、作品全体が示す事実や価値の間に継続的なずれがあると、読者は語り手とは異なる基準を推測します。

ただし、「内包作者が真相を説明している」と考えるのは不正確です。内包作者はもう一人の語り手ではないため、舞台裏から正解を発言しません。読者は、他の人物の反応、語り手が見落とした物、場面同士の照応、行動の結果などを組み合わせ、語り手の評価が作品全体の基準と一致するかを判断します。

また、語り手が事実を正確に報告していても、価値判断だけが相対化される場合があります。反対に、語り手が記憶を間違えていても、作品がその人物の倫理的な判断には寄り添うこともあります。「事実に関する信頼性」と「価値判断に関する信頼性」を分けると、単純な嘘つき判定を避けられます。

内包作者を読む「価値判断4層シート」

内包作者を検討するときは、一つの発言だけでなく、評価、行動、反証、帰結を同じ例で並べます。ここでは、洪水の記録を管理する町の書記サヨを、一人称の同僚が語る架空の物語を使います。

サヨは古い堤防の決壊記録を棚の奥へ隠した。語り手は「住民を混乱させない、規則に忠実な判断だ」と称賛する。しかし、避難訓練で川沿いの家族だけが危険区域を知らされず、子どもが濡れた過去の地図を見つける。終盤、洪水そのものは免れるが、記録を伏せられた住民は役所を信用せず、自分たちで資料を公開する。

この例を、次の四層へ分けます。

作中で確認するもの架空例の記入
語り手の評価語り手が行為をどう名づけるか記録を隠すのは混乱を防ぐ「忠実な判断」
人物の行動評価語を外して、実際に何をしたかサヨは決壊記録を住民から見えない棚へ移した
反証となる出来事語り手の評価と食い違う結果や他者の反応危険区域の家族へ情報が届かず、子どもが地図を発見した
結末の帰結作品が最後に何を失わせ、何を残すか災害は回避されても役所への信頼が失われ、住民が公開を選ぶ

四層を並べると、語り手はサヨの行為を「秩序」と評価している一方、作品の出来事は情報を独占した代償を積み上げていると読めます。ここから、「安全を理由に当事者から判断材料を奪うことへ批判的な内包作者像」を仮説として立てられます。

仮説を確かめるには、別の場面にも同じ傾向があるかを探します。語り手が秘密主義を称賛するたびに、他者の選択肢が狭まり、結末で情報共有が関係の修復につながるなら、基準は強まります。一場面だけなら、単にサヨ個人の失敗を描いた可能性も残ります。

創作で内包作者を意識する方法

作者は「どんな内包作者に見せるか」を直接説明するより、価値判断が作品の各層でどう響くかを点検します。まず、中心となる行為を評価語なしで書きます。次に、語り手と人物がその行為を何と呼ぶかを分け、反証となる出来事と最終的な帰結を置きます。

  1. 作品で対立する価値を二つ決める
  2. 語り手が支持する側と、その理由を一文にする
  3. 人物の行動を、善悪の形容を外して記録する
  4. 語り手の評価では説明しきれない反応や結果を置く
  5. 結末で、どの選択が何を守り、何を損なったか示す
  6. 冒頭から結末まで、同じ基準が一貫しているか見直す

サヨの例なら、「秘密は秩序を守る」と「情報は当事者へ開かれるべきだ」を対立させます。サヨを悪人にする必要はありません。混乱を恐れる理由や、公開によって起こり得る危険も描いたうえで、作品がどの代償を重く配置するかによって、単純な教訓ではない価値の輪郭が生まれます。

作者の意図を断定しないための注意

内包作者について述べるときは、「作者は本当はこう考えている」ではなく、「作品のこれらの配置から、こういう作者像を推測できる」と書きます。実作者の思想や制作意図を論じるには、インタビューや草稿など作品外の別の根拠が必要です。内包作者の分析だけで、私生活や信条まで断定することはできません。

また、内包作者は読者がテキストから構成するため、読みが一つに固定されるとは限りません。サヨの例でも、行政への不信を重く見る読者は情報公開を支持する作品と読み、洪水を回避した事実を重く見る読者は慎重な秘密保持にも余地を認めるかもしれません。文化的背景、ジャンルへの慣れ、どの反復を重要と見るかによって作者像は変わります。

だからといって、どんな読みも同じ強さになるわけではありません。本文中の具体的な反復、対照、因果、結末を示し、別の読みが説明できる箇所も認めます。「サヨの行為は三度肯定されるが、いずれも住民の選択肢を奪う結果になる」のように、推測を検証可能な形にします。

推敲チェックリスト

  • 実作者と作品から推測する作者像を混同していないか
  • 語り手の発言を、そのまま作品全体の主張にしていないか
  • 登場人物の一回の台詞だけで価値判断を決めていないか
  • 評価語を外した人物の行動を確認したか
  • 語り手の評価への反証となる出来事があるか
  • 結末で各選択にどんな帰結が与えられたか確認したか
  • 事実の信頼性と価値判断の信頼性を分けているか
  • 内包読者と実際の読者を同一視していないか
  • 異なる読者が別の作者像を組み立てる余地を認めているか
  • 解釈の根拠を、反復、構成、文体、因果から複数示せるか
  • 作者の私生活や本心を作品だけから断定していないか

まとめ

内包作者は、作品全体の文体、構成、情報配置、人物の行動と帰結から読者が推測する作者像です。実作者、語り手、登場人物のいずれとも異なり、とくに信頼できない語り手の評価と作品全体の価値基準を分けるときに役立ちます。

まず自作の重要な場面を一つ選び、「語り手の評価」「人物の行動」「反証となる出来事」「結末の帰結」を四行で書いてください。四つが同じ判断を補強しているのか、意図したずれを作っているのかを確認すると、作品から立ち上がる作者像を具体的に点検できます。

参考資料